春の日と海
日高の尾根を歩いてる時に、土の匂いを嗅いだ。靴から地面に視線をずらすと、這松の隙間から立ち上る命の匂い。
胸いっぱいに春を溜めて前をみると海が見えた。波がその肌に陽の向きを変えさせている。シェルを脱いで灼かれた雪を踏みながら、少しだけ生まれた街の海のことを考えていた。

札幌の暮らしも嫌いじゃない。函館送りのヤツを泊めて数日語らって潰れた。少しだけ、自分の不義理から逃げるように飲んで目を逸らす夜だった。いつでも同じ匂いと味で、明日は頭痛。そんな、残り少ないいつもの夜。膝やザックで寝ているの気の置けないヤツら。
飲んだ帰り、この街には全てがあると思った。まっすぐな感性の仲間もいる。夢と鬱憤をぶちまけられる店もある。センスと夢と劣等感が青春を燃焼させる。
アパート前の凍ったアスファルトに踊らされ、チンケな星と月を仰いだ。
この街には全てがあると思っていた。ただ、海がなかった。ひとり、階段で海を想った。ふるさとの海を。
4年前、海の見える高校に通っていた。部活の同期は仲良くしてくれたし、そこそこ充実していた。
ただ、漠然とした閉塞感や居心地の悪さが消えることはなかった。真面目に受験して、エリート街道を行けばいいと考えていたけど、それが合っているとも思えていなかった。そもそも金を稼ぐこと、他人を使うことは嫌なことだと思っていた。
1人で海を見るのが好きだった。バスに乗らず、古ぼけた団地を抜けると浜に出る。堆積した砂に埋まった柵も、朽ちていく椅子も、水の出ない蛇口やトイレも好きだった。笹が揺れる崖を背に海と夕陽を見るのは気持ちが良かった。
大学に入っても高校の同期とはどんどん疎遠になっていった。気にかけてくれる奴もいたし、恋人もいた。その時は何よりも大切な存在だと思っていたけど別れた。関西に寄った帰り、親友とも生き方どこかズレはじめていることを感じてしまった。寂しいけど、もう親しくしない方が良い気がした。
皆がまともに生きていると、彼ら側に行かないだろう自分が嫌になる。だから街から逃げているのかもしれない。他人から、仲間から、自分から逃げているのかもしれない。
昨日まで友人とバイトに8日間行っていた。ずっと話すわけでもないけど居心地の悪さはなかった。僕に今必要なのは孤高の人を目指すよりも孤独にならない生活かもしれなかった。
彼は大学を出たら旅に生きるんだ、と言った。僕がうらやしいと言ったら、彼は変なことを言うなといった表情で、どうせ同じようなかんじでしょう、と言った。
冬の浜には雪が積もって、打ち寄せる波がそれを溶かして持って帰る。白い街に歩き、土も砂もアスファルトも忘れる季節でも、海は全て剥がしてしまう。
僕は今、雪と浜のボーダーに乗っている。海に向かって歩く勇気はまだない。
牛歩
夏になって街ではじっとりとした空気が人の歩みや自転車の流れに渦を巻いている。チカホでも歩いていればじんわりと汗ばんでしまう。年々湿度と暑さが増して、父親に手を引かれた思い出の街と、今住んでいる街がおんなじとはどうも思えない。
記憶の中の札幌はこんなに暑くなかったと思うけれど。

この春からアルパイン、フリーとクライミングをやっていた。でも怖いのは嫌いだし、友人達にお世話になりっぱなしのまま遊ぶのもどこかで気が引けてしまってあまり身が入らなかった。部活も運営システムが失敗していてトレーニングどころではないし、半端な状態で持て余していた。
夏になって相方とふたり、知り合いの先輩方のアジトを尋ね沢遊びをしていた。初歩的なパーティでの動き方や生活技術の指摘から滝でのビレイまでしてもらって、だいぶ面倒をみてもらった。自分だけで難しいところはまだ行けないけど、おかげでようやく楽しい沢に行けるくらいの力はついたように思う。

山行を重ねる中で、一番課題だったのは歩行速度だった。樺戸の沢でちょっとした増水を経験して、以前から重ねて言われていた「いちばん時間のかかる行程での時間の使い方を考える」ということの重要さを身をもって実感した。大滝を降り、下山後の温泉で売っていたコーヒー牛乳とおんなじ色の水を蹴っての河原歩きは、すこしだけ怖かった。同時に自分が避け続けていたリスクについても、自分の実力を発揮できれば思っている以上に対応できることも知った。南日高の沢でも、余裕を持って行動できた。胸を借りるような山行ばかりだったけれど、一緒に遊んでもらった時間は生涯糧になるものだという確信がある。それは、山登りだけじゃなくて生きる上でも。
とはいえ、まだまだ夏は終わらない。まだまだ歩く速度は遅いし、生活もパッとしてないし、これからのことも考えてない。それでも、今はまだゆっくりでも、だんだん加速していけるような気がする。

まちの夜
ひさしぶりに、中高の友達と会った。引け目を感じていたのは僕だけで皆変わらず1秒を楽しんでいた。なんだか普通の大学生になった気分で、こんなに楽しめたのは久しぶりだった。
免許をとっていないのも僕だけでなかったし、皆それぞれに悩みもあるらしくて安心した。僕が変なことをやって死にそうになった話や壁を登ったり穴に潜ることも面白がってくれて、心強い友達だった。
怪我は治りつつあるけど、今は山に行けない状態になってしまっている。クライミングがやりたくて、どこにでも行けるようになりたくてそればっかり考えてしまう。友人は社会人で忙しいのに層雲峡で着実に力をつけていて、何も成長していない自分のぬるさを痛感させられた。
強くなりたい。色々な経験が欲しい。山でなくとも色々な発見はあって、そこをこぼさずに面白がって残りの冬を楽しめたらと思う。
今後の身の振り方も改めて構想しなくちゃいけない。
'SAWANOBORI'
沢は生命に満ちたもの、と思い込んでいた。

純粋な岩と水と雪の織りなすモノクロームの世界は、地球のもつスケールの大きさを僕の身に刻みこんで僕という存在自体の矮小さを否応なしに叩きつけてくれる。
周りの大学生はなんだかキラキラしていて、自らの努力や才能は報われることを知っている。ふつうに勉強して、ふつうに遊んで、ふつうにバイトして、しゅーしょく。そんな生き方ができればどんなに楽だろう。なんてキラキラしてるんだろう。今の部にもそんな奴らしかいない。でも僕はもう引き返せない。テスト勉強だとか、学部の女がどうだとか、酒だのサークルだの、バイトがだるいだのそんなものはどうでもいい。ようやく揃った仲間と、誰も踏んだことのない地平へ行きたい。それだけでいい。
沢足袋の凍ったフェルト底と膂力を失うまで冷え切った指が行く手を阻む。もう、なんにもない男でいたくないと唇を噛む。同時に、早く逃げたいとも思ってしまっている。
フリクションをください。
血を回してください。
抜けさせてください。
夏の日にはなんでもない渓相は、全ての生命による装飾を雪に隠し、冷たく、しかし堂々とその門を開けていた。雪が冷気と共に頬をかわすよう過ぎ去って、積もった地面の一部になった。
ルンゼから逃げ上がり、藪を漕いで登山道に至る。
何もなくてもいいのかもしれない。この心と肉体。それだけでいいのかもしれない。
藪を抜けてからの安堵と後悔はまた僕を沢へ向かわせてくれる。
リーサルなつやすみ
うみべのくまさん
獣臭
しおかぜ
皮膚炎
ピンク色の夕日
もう引き返せない断崖
街頭と同じ色の火
知床岬
心細い一週間、ごっつぁんでした。
SS
昨日は飲みでした。
つくしに行きました。
つくしのあとは、部長の家で朝まで飲みました。
帰ってからは
割れそうな頭で仮眠をとって
どうにかドンパと起こし合い
授業を目指しました
だめでした。
SSは体に悪い